沖縄生まれ、沖縄育ちの私ですが、まだまだ知らない沖縄の文化があります。
2018年11月24日、何気なく首里城を訪れたときのこと。
この日は特にイベントを目当てにしていたわけでもなく、普通に首里城を見に行っただけでした。
ところが、首里城では色鮮やかな帽子や伝統的な衣装を身につけた人たちが集まり、何やら儀式のようなものが始まっていました。
それが、琉球王国時代の祭祀儀礼を再現した「百人御物参(ももそおものまいり)」でした。
首里城でさまざまな伝統行事が開催されていることは以前から知っていました。
ただ、イベントの日はいつも人が多いイメージがあったので、わざわざ足を運ぶことはほとんどありませんでした。
そのため、この日は本当にラッキーだったと思います。
もし偶然出くわしていなければ、百人御物参という行事を今でも知らないままだったかもしれません。
当日は、イベントに関連したアンケートか何かに参加して、首里城のクリアファイルをいただいたことも覚えています。
そして、このとき撮影した写真には、翌2019年の火災で焼失する前の首里城正殿も写っています。
今回は、2018年に偶然出会った百人御物参の様子を、当時の写真とともに紹介します。
琉球王国時代にどのような儀礼が行われていたのか、私自身も改めて調べながら振り返ってみたいと思います。
百人御物参(ももそおものまいり)とは?
百人御物参は、琉球王国時代に行われていた祭祀儀礼の一つです。
神女(しんじょ)と呼ばれる女性たちや役人が、首里城内外の聖域を巡り、国王の健康や国の繁栄などを祈願していました。
「百人(ももそ)」は、たくさんの人を意味する言葉です。
「御物参(おものまいり)」は、聞得大君御殿や首里殿内といった祭祀に関わる施設へ、神女や役人がお参りする儀礼を指します。
百人御物参の記録は、1713年に首里王府が編纂した『琉球国由来記』にも残されています。
首里城では、正月と4月に行われていたとされ、それぞれ祈願の内容にも違いがありました。
正月には国王の健康、子孫繁栄、航海安全、五穀豊穣などを祈願。
4月には国王の健康に加え、夏の穀物が実ることなどを祈っていたそうです。
また、儀礼の前夜には「オタカベ」と呼ばれる神への祈願の言葉が唱えられていたことも記録されています。
首里城というと、琉球国王や政治、外交の歴史に注目しがちですが、こうした祭祀も王国を支える重要な役割を担っていました。
2018年11月24日、首里城で百人御物参を見学
私が百人御物参を見学したのは、2018年11月24日です。
首里城公園では、11月24日と25日の2日間、琉球王国時代の百人御物参を再現する行事が開催されていました。
当時の開催概要は次のとおりです。
| 項目 | 2018年の開催情報 |
|---|---|
| 開催日 | 2018年11月24日・25日 |
| 時間 | 12:00〜13:00/15:00〜16:00 |
| 会場 | 首里城公園 |
| 再現場所 | 御庭・下之御庭・京の内 |
| 内容 | 神女や役人による祭祀儀礼の再現 |
※こちらは2018年当時の開催情報です。現在のイベント日程を案内するものではありません。

写真を見ると、白い衣装をまとった人々と黒い衣装をまとった人々が並び、同じ方向を向いて拝礼している様子が分かります。
周囲には多くの見学者も集まっていました。
首里城で実際に行われていた儀礼を、こうして再現行事として見ることができるのは興味深い体験でした。
白装束の神女たちが担っていた役割
百人御物参で中心的な役割を担っていたのが、神女と呼ばれる女性たちです。
琉球王国には、国家の祭祀を担う女性たちの組織がありました。
その最高位に位置していたのが「聞得大君(きこえおおぎみ)」です。
聞得大君は、琉球王国の祭祀において特に重要な地位を占めていました。
神女たちは、国の安泰や豊作、航海の安全などを祈る役割を担っていました。
再現行事で見た白い衣装

2018年の再現行事でも、白い衣装をまとった参加者たちの姿が印象的でした。
写真には、円形の道具を持つ人や、頭を下げて拝礼する人々が写っています。
こうした衣装や所作を通して、琉球王国時代の祭祀儀礼がどのような雰囲気で行われていたのか、その一端を知ることができます。
2018年に開催された百人御物参は、歴史資料などをもとにした再現行事です。
琉球王国時代の儀礼をそのまま再現したものとは限りませんが、当時の衣装や所作、祭祀の様子を知る貴重な機会となりました。
首里城の御内原と御庭をつないだ儀礼
百人御物参の特徴の一つが、首里城の「御内原(おうちばら)」と「御庭(うなー)」をつなぐ行事だったことです。
御内原は、正殿の裏側に広がっていた空間です。
王族の女性たちや女官などが生活していた場所で、首里城の中でも女性と関わりの深い区域でした。
一方、御庭は正殿の前に広がる広場で、王国のさまざまな儀式が行われていました。
百人御物参では、御内原にいた神女たちが御庭へと現れ、城内の聖域を巡拝しました。
首里城公園の公式解説でも、男性中心の「表」の世界と女性中心の「内」の世界がつながる行事として紹介されています。
色鮮やかな衣装の役人たち

こちらは、2018年の再現行事で撮影した写真です。写真では、参加者たちが手を合わせて拝礼している様子も確認できます。
衣装の色や役割については、当時の儀礼の再現内容に基づくものと考えられます。
黒い衣装をまとった参加者たちは、赤や黄色、紫などの色鮮やかな帽子を身につけていました。
白装束の神女たちとは衣装が大きく異なり、琉球王国時代の儀礼の雰囲気を感じられる光景でした。
百人御物参ではどこを巡拝していた?
百人御物参では、神女たちが首里城内外の御嶽(うたき)などを巡っていました。
御嶽とは、沖縄や奄美などに見られる伝統的な聖域です。
琉球王国時代には、国の祭祀に関わる重要な場所でもありました。
2018年の再現行事では、首里城内の次の場所を巡る行程が紹介されていました。
御庭(うなー)
首里城正殿の前に広がる広場です。
琉球王国時代には、さまざまな儀礼や政治的な行事が行われていました。
百人御物参では、御内原から現れた神女たちが、この御庭を通って巡拝へ向かいます。
首里森御嶽(すいむいうたき)
首里森御嶽は、首里城内にある聖域の一つです。
御庭の近くに位置し、琉球王国の祭祀に関わる重要な場所として知られています。
2018年の再現行事でも、巡拝場所の一つになっていました。
京の内(きょうのうち)
京の内は、首里城内にある重要な祭祀空間です。
複数の御嶽が存在し、琉球王国の信仰と深く関わっていました。
2018年の再現行事では、正殿前の御庭で拝礼したあと、首里森御嶽や京の内を巡拝する様子が披露されました。
実際の琉球王国時代には、首里城外の聖域も巡拝していましたが、この日は首里城内の行程が再現されました。
火災前の首里城正殿で見た百人御物参

今回の写真の中で、特に残しておきたい一枚です。
朱色の首里城正殿を背景に、黒い衣装と色鮮やかな帽子を身につけた参加者たちが拝礼しています。
撮影したのは2018年11月24日。
写真の正殿には足場や養生シートが設置されていますが、これは当時行われていた塗り直し作業によるものです。
2018年の開催案内にも、正殿の塗り直し作業について記載されています。
その翌年、2019年10月31日に首里城火災が発生しました。
この写真には、火災前の首里城の姿と、そこで行われていた文化行事の様子が残っています。
当時の首里城を振り返るうえで、大切にしておきたい記録の一つです。
百人御物参から知る琉球王国の信仰と女性たちの存在
首里城には、国王が政治を行う場所としての歴史があります。
一方で、国家の安泰を祈る祭祀の場としての歴史もありました。
百人御物参を調べていくと、琉球王国において神女たちが重要な役割を担っていたことが分かります。
琉球王国では、政治や外交とともに、祈りや祭祀も王国を支える仕組みの一部でした。
首里城の建物や装飾だけでなく、そこで行われていた行事にも目を向けることで、琉球の歴史をより深く知ることができます。
2018年に百人御物参を見学したことも、首里城を違った角度から知る機会になりました。
まとめ|2018年に首里城で見た百人御物参の記録
2018年に首里城を訪れた日は、百人御物参が開催されることを知らずに出かけていました。
沖縄で生まれ育っていても、知らない歴史や文化はたくさんあります。
首里城には何度も訪れたことがありましたが、百人御物参を実際に見たのは、この日が初めてでした。
当時は偶然見られてラッキーだったという気持ちが大きかったのですが、今になって調べてみると、琉球王国における神女たちの役割や、首里城と信仰のつながりを知ることができました。
そして、2019年の火災前の正殿を背景に、儀礼の様子を写真に残せたことも、今では大切な思い出です。
沖縄には、まだまだ私自身が知らない歴史や文化があるのだと思います。
これからも実際に訪れた場所や、偶然出会った出来事をきっかけに、沖縄の魅力を紹介していきたいです。

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